「屋根に登ったらだめだよ!」
From:杉本恵洋
「ケイデンがいない!」
母親である私の娘が、あわてています。
孫のケイデンは、好奇心たっぷりの子供で、
夢中になると、どこへでも行ってしまいます。
(スーパーマンになったケイデン)
数年前のことですが、
アメリカのグランパ(おじいちゃん)
[長女の夫はアメリカ人です。]
の庭で遊んでいた時、4才になったケイデンは、
屋根にかかっているはしごを見つけました。
屋根には、グランパがいて、
修理をしていました。
上からグランパが、
はしごを見つめているケイデンを見つけて、
「はしごを登ったらだめだよ!」と叫びました。
仕方なくケイデンは、
はしごから離れて、遊び始めました。
お昼になって、グランパは、ケイデンも連れて
家の中で一旦、休憩していました。
すると、何か、天井のほうで音がし始めました。
母親が「ケイデンがいない!」と叫ぶや否や、
みんなは、あわてて外に飛び出しました。
するとケイデンが屋根の上で、
仁王立ちしていたのです。
「登ったらだめだよ!」と聞いて、
ケイデンは、はしごから離れました。
しかし、頭の中では
「登ったらだめ?」
「登ったら、何か見えるのかな?」
「よし、登ってみよう!」
と言うことになったのかもしれません。
私たちが、
自分の理想のセルフ・イメージを書き出して、
そこに近づくために、
行動目標を設定しようとするときにも
同じようなことが起こりえます。
例えば、
「私は、決して妻(夫)を悲しませない」と
否定形で書くと、
私たちの潜在意識は、
今まで積み重ねて来た習性から、
「妻(夫)を悲しませない?」
「そうか、今までは妻(夫)を悲しませていたんだ。」
「僕は、いけない夫(妻)なんだ。」
と考えてしまい兼ねません。
それならば、「妻(夫)と楽しい毎日を過ごしたい」と、
希望形ならばいいのでは?
すると、潜在意識は、
「楽しい毎日を過ごしたい?」
「ということは、まだ楽しい毎日を過ごせていないのか?」
と考え兼ねません。
自分の理想の姿に近づく目標を立てるために、
自分の価値観や、理想のセルフ・イメージを
書き出そうとするときは、
必ず、もう成就したかのように書きましょう。
そうすると、潜在意識は
そこに向かって進み始めることができます。
「私は、妻(夫)を愛し、関心を示し続けている。」と書いて、
毎日、そうなっている自分をイメージしましょう。
理想の夫(妻)の自分を、
ぼんやりとではなく、
明確にイメージできるようになるまで
毎日、続けましょう。
そうすると、「妻(夫)を愛し、関心を示す」行動が、
具体的に見えてきます。
「今週から一緒に朝早く起きて、
妻の散歩に付き合おう。」
と思いつくかもしれません。
あなたは、どんな理想のセルフ・イメージを描いて、
そうなるために、何をしようと思いますか?
育自コンサルタント
−自分を育てるお手伝い−
杉本恵洋(すぎもと しげひろ)
PS:
理想のセルフ・イメージの描き方と、
そのセルフ・イメージに近づく方法を
体験したい方は他にもいらっしゃいませんか?
http://www.0stresslife.com/zrl/
一体何のために夫といるのだろう、別居しようかなどと、散々悩みながら、過ごしています。修行と思って暮らそうとか、感謝を学べという事だと考えようとか、アル中のDV旦那よりマシだと思おう、とか色々考えて、無理して毎日暮らしています。ちなみに、今や手をつなぐのもためらわれる、身体接触をさけて30センチ以上近づかない、といった関係です(おそらくお互いに)。よいところを見つけようと思っても、もうできない!って気分です。子供がなついているから我慢できているだけです。そんな状態でも、『「私は、妻(夫)を愛し、関心を示し続けている。」と書いて、毎日、そうなっている自分をイメージしましょう。』で、うまく行きますか?結婚するからには簡単に離婚はするまいと決めて結婚したのですが、離婚しようかとも思います。もし、自分が先に死ぬなら、子供たちを任せるのは不安です。絶対に先に死ねない、って毎日思っています。
思いやり、って一方通行でも互いにすれ違いでも、どこまでもどこまでも、力つきるまで相手の望むようにする事なんでしょうか?最近は、思いやりってなんだろうって、よく考えます。思いやりから厳しくするといっても、相手が受け取らない場合は?たいてい男性の方が、相手のサインに気がつきませんよね。鈍感です。はっきりと言葉で伝えも、都合の良いように受け取ったり。夫の事を考えると、エネルギーを消耗します。仕事と子供の事に関してはエネルギーが湧いてくるんですがね・・・。
「パートナーが欲しい」と、ずっと思ってました。それではパートナーは得られない。ということにようやく気がつきました。(笑)
成就した形にしないと!パートナーの傍にいる満ち足りた感じ。パートナーを支え、支えられている安心な感じ。パートナーと慈しみあっているあたたかい感じ。それらをイメージしつつあります。