新しい生き方
おはようございます!
マット・フューリーです。
自分の国から一度も出たことがない場合や、
自分の生まれた県を一度も離れたことがない場合、
世の中には自分のやり方しかないと思ってしまいがちです。
もっとひどいと、自分のやり方が全部正しいと思ってしまいます。
私が読んだある報告書によると、皿の洗い方だけでも、
なんと250種類の方法があるそうなのです。
それにまだ発見されていない皿の洗い方もあるはずです。
去年の夏ごろ、私が中国の海南島にあるコーヒーショップにいたときの
ことです。
コーヒーショップと聞くと、
スターバックスを思い浮かべる人がほとんどだと思いますが、
そのコーヒーショップでは、朝食、昼食、夕食はもちろん、
その他の食事もできるのです。
その他というのは、
アイスクリームや野菜と果物を絞ったフレッシュジュースのことです。
私は火照った体を冷やすためにセロリージュースを頼みました。
ここの熱帯的な気候はとても過酷なのです。
私の前には義理の兄が座っていましたが、
彼はコーヒーと目玉焼きとベーコントーストを注文しました。
さあ、ここからがこの話のオチです。
目玉焼きの乗った皿が運ばれてくると、
義理の兄はストローを掴んで、それを目玉焼きに突っ込み、
黄身を吸い込んだのです。
私は何とか気にしないふりをしようとしましたが、ダメでした。
ズーズーと卵を啜る音は本当に耳に障りました。
それで私は人差し指を両耳に当てて音を聞こえなくしました。
怒って、義理の兄に
「君がしていることは間違いだ」
と言う代わりにそうしたのです。
なぜなら、彼は間違ってはいないからです。
私にとっては奇妙な行動に見えただけです。
しかし、私の行動も彼には奇妙に映るかもしれません。
義理の兄も私がいつもそうするように、
オレンジジュースと生玉子を一緒に頼まないでしょうからね。
彼の玉子の食べ方を本当に理解しようと思うと、
私自身がそれを試してみる他ありません。
この話は詰まる所、私たちは誰もが違う人間であり、
私たちの行動がどこかの誰かにとっては奇妙に映るかもしれないのだから、
いちいち気にするべきではないということです。
確かに、時には明確な立場をとらなくてはいけません。
しかし、それはたいていは信念に基づくものです。
「流儀に関しては、流れに逆らうな。信念に関しては、岩のように動じるな」
とトマス・ジェファーソンも言っていました。
私はこのコーヒーショップで、
ジェファーソンの言葉を実行しなければなりませんでした。
私はセロリージュースを注文したと言いましたが、
ウェイトレスは初め、梨ジュースを持ってきたのです。
私はウェイトレスに頼んだものと違うから
頼んだものを持ってくるように言いました。
それから彼女は緑色をした飲み物を持ってきましたが、
飲んでみるとそれはセロリージュースでしたが、
味がいつもと違っていました。
なぜなら、彼女が勝手に砂糖を加えていたからです。
私はまたそれを返しました。
そして3度目でようやく頼んだものが運ばれてきました。
この話でもっとも覚えておくべき点は、
もし他の人が飲み物に砂糖を加えるように注文しても
全く構わないということです。
私もそのことにケチはつけません。私とは無関係のことですからね。
同じことが義理の兄が黄身をストローで吸ったことにも言えます。
私がそれを良く思わなくても、
私がそのことをとやかく言う筋合いではないのです。
違いを知り、違いを認め、
自分に関係のあることと自分に関係のないことを知ることで、
かなりの部分の心配や不安をすぐに取り除くことができます。
このことを念頭に置いて、今日一日を過ごしてください。
マット・フューリー
**今日のフィードバック**
サイコサイバネティクスは、エキサイティングです
インターネットで何気なく、みつけたメールで
こんなに自分が積極的になれるなんて思ってもみませんでした。
特に、サクセススクロール#13の
人生のすべてがあなたのメンタルピクチャーにかかっている
この言葉を口にするたび、自分の思い描いた場所に、
近づいている実感が持てます。
和田さん
ありがとうございます^^