強盗とケンカ in ニューヨーク
生まれて初めて、海外出張をしたときのことです・・・
アメリカを、2週間で西から東海岸に向かって、
10州ぐらい、訪問していました。
最後にニューヨーク市内での仕事を済ませるため、
ニューヨーク市郊外のホワイト・プレーンズから電車に乗って、
グランド・セントラル駅に向かいました。
グランド・セントラル駅で、
公衆電話からホテルに電話をかけました。
ホテルの場所を確かめて、
さあ、ホテルに向かおうと振り向くと、
目の前に、黒人の男性がニコニコしながら立っています。
黒人男性:「ホテルからお迎えに上がりました。」
私:「なんでやねん!今、電話切ったばっかりやし?」
黒人男性:「いえ、ここでお待ちしていました。」
私:(心の中で)「うそつけ! よれよれの汚いシャツ着てるやんけ!」
この時点で、私のイライラ度は、ずいぶん高くなっています。
しかし、いくら断っても、
しつこく、つきまとってきます。
私も、もうくたくたで、資料がいっぱい詰まった、
30キロ以上の荷物を抱えていましたので、
とうとう根負けして、彼に荷物を預け、
一緒に歩き出しました。
ニコニコしながら、ついて来ていましたが、
10分ほど歩いて、人通りが途切れた瞬間。
いきなり立ち止まると、
すごい形相になり、
運び賃として15ドル出せというのです。
頭の中で、「プッツーン」という音が聞こえました。
「中途半端な金額言いやがって!」
「くさいシャツ着て、どこがホテルの従業員や!」
など、知っている限りの悪い英語で、
私は、つばを飛ばして、ののしり続けました。
すると、その泥棒は、
急に「4ドル99セントでどう?」と、
スーパーのバーゲンみたいなことを言い出しました。
私はもうしゃべるのにも疲れてしまって、
5ドル出して、「釣りはいらん、取っとけ。」と言って
泥棒と分かれ、ホテルまで歩いていきました。
ところが、ホテルで自分の部屋に入ってから、
急に足が震えだし、汗が背中を伝い始めました。
冷静になると、恐くなって来たのです。
10分ほどすると、今度は、強い後悔の念に襲われ始めました。
実は、私は18才のときに、1つ下の弟と激しいけんかをし、
母親をひどく嘆かせることをしてしまっていました。
弟以外にも、中学生の頃から、
よくけんかをして、やはり母親を泣かせていました。
18才のときに、
私は、もう二度と人を傷つけないと決心しました。
このままだと、自分がどんな人生を送ることになるのか、
少し、垣間見えたからです。
ニューヨークにいたときは、もう30をずいぶん超えていましたが、
そのときまで、けんかをしないという、
自分との約束を守っていました。
しかし、それが、泥棒に対して取った言葉や行動で、
けんか好きの自分が、まだ存在しているのを、
自覚することになってしまったのです。
私はもう一度、自分に、
二度とけんかはしないと約束しました。
・・・
あれから20年以上になりますが、
けんかはしていません。
自分の感情をコントロールすると、
幸せでいられる経験をしているからです。
幸せを習慣にすることは、とても大切です。
できるだけ、ニコニコしていられるように、
笑顔の練習をしたり、
怒りそうになったときに、我慢して、
心が静かになるまで、数を数えたり、
楽しい経験を、ノートに書いたり、
いろいろ工夫しています。
そして今ではあまり、
努力しなくても良くなりました。
ほとんどの人は自分が幸せだと感じたり、
何かに怒ったりする感情は自然に発生するもの
と考えています。
しかし、実際は、それらは
コントロールできるものなのです。
ただ、意識してコントロールするか?しないか?
だけの違いだと思います。意識してコントロール
しようとしなければ、過去の私のように、
良くない方向に向かってしまうかもしれません。
意識して、幸せを感じて下さい・・・
幸せを習慣にしていると、
どんどんそれが加速してきます。
そして、周りの人にも、
幸せの習慣が、伝染していくのです。
育自コンサルタント
−自分を育てるお手伝い−
杉本恵洋(すぎもと しげひろ)
PS.
もし、あなたも感情のコントロールが大切だと感じているなら
こちらをクリックしてみて下さい。
http://www.drmaltz.jp/zrl/mc/zrl_mc_letter1.php?mag=Psycho20100305SU
子供がまだ幼かったころ
あわてたり 怒ったりしないように 忍耐です
数を数えて ゴクンと飲みこんで それで気持ちを落ち着かせていました
でも 知らない土地でそれも言葉の違う外国で騙されたのでは
ただ事じゃない 大変でした 命があってよかったです
解ります私も高校2年のころ危うく人殺しに成る所でした。
今ではそのような出来事もただの思い出です。
あれから人が死ぬほどの事は一切していません。
私は元来大人しい性格で争い事が嫌いです。
これから先もあの時の血に染まった手を思い出すたび、
人の命の尊さを思いだします。
初めて投稿させて頂きます。
「幸せを習慣にすること!」
これは私も共感です。
小川忠洋さんの『自分を不幸にしない13の習慣』でも書かれてありましたので、現在私は「小さな喜び」と題して、毎日日記を付けております。
どんな些細な事でも書くようにしてますので、毎日が「幸せ探し」です。
おかげで、毎日を楽しく過ごしてます。
喧嘩するっていうのは、その時は問題ないんですよね。
一気に感情をヒートアップさせて……
まあ、それが過ぎてから冷静になっていくと、徐々に重いものが心の中に残ります。
その状態で、あぁってなる。
自分もそうですが、こんな感じで結局後悔しているんですよね。
酒林さんに同意。
多少のことで怒ることはあっても、本気で怒らないようにある程度
コントロールするようにしています。
恐らく、本気で怒った時には、刃傷沙汰になると思うので・・・
(周囲の人にその気があったことが分かったためですが・・・)
まぁ、少し本気で怒りに任せて感情をぶちまけることのないように
した方が、刑務所にも行かず、周りの人にも受け入れられるかと。
そういう勘定を頭の中でしっかりとした上で生活してるので
まぁ、ないでしょう。
そう、子育てしている時は、毎日怒って、イライラしてました。
今思うと、すごい形相で子供たちを見ていたんだと思います。
人の話を素直に聞けず、すぐ自分の意見を言ったり、口答えをしてました。きっと感情のコントロールが出来なくて、どうしたらいいのか分からなかった・・自分を不幸だと思う事で納得?していたんだと思いました。
自分の感情をコントロールすると、幸せでいられる。
~幸せを習慣にします~
毎日、笑顔で過しています。(*^_^*)
うーん……
怒りや嫌悪感などのネガティヴ感情は
通常のスピードで来るものならば
なんとか コントロールすることができるんですが
突然 おそってくる癇癪に関しては なかなか……。
ワンテンポでも遅らせることができさえすれば
通常の冷静モードに持っていけそうなんですけどね。
まあ 一生ものの課題なのだと
今は 捉えております。
昨日の会社帰りのことです。地下鉄からJRに乗り換える間の階段で20代前半のサラリーマンが気が狂ったような大声を出して初老のサラリーマンの首根っこを捕まえて怒鳴り散らしていました。
何でも初老の男がこの若い男を突き飛ばしたのだとかなんとか。混んでる車内でイライラしていて、わざと突き飛ばしたのか弾みなのかわかりませんが若い男は今にも初老の男掴みかかり殴り殺しそうな勢いで怒鳴りまくっていました。
どちらがいいとか悪いとか言うより狂気による恐怖を感じました。
でも、その状況では、けんかしたくなりますよね
しかし、どこにも、阿漕な者はいるもんですね
存在意義も存在価値もないというのに
このこと私も実践しています。
なにしろ、ケンカ好き・・・。
しかし、本当に「怒り」という感情にフタをする方向で
良いのでしょうか?
ある意味、素直な気持ちが消えてなくなるような気もします。
いつもいつも怒るのは、もちろん
良くないことですが、やはり頭に来たときには
怒るという感情を出してもいいと思います。
怒らないという行為で人間関係が壊れるときも
ありますしね。
喜怒哀楽
これが生きているってことでしょうね。
わたくしも最近、20代の私では考えられない程イライラしてしまいます。そして本気で自分が怒ったら親以外の人間は全て離れていくだろうと思ってしまいます。。
勝間さんも仏教の3毒といっていますが、怒らない、愚痴らない、妬まないを追放することが大切と言っていますよね。つまり解決には繋がらないということ。自分の心にも体にも負担が掛かるだけと・・・
でも小さな子は躾の段階で鬼にならないと自分が怒られていると分からず同じ過ちを繰り返してしまうそうですよ。ですのできちんとしている人ほど実は小さな頃は凄いやんちゃだったのだけど、祖父や父、母親に物凄い本気で怒られて育っているんですよね。うわあ、恐い!という体験がけじめに繋がっていき、大人になって自己管理が出来る自分に厳しく出来る人間に成長するようです。ですので悪いことをした場合は、中途半端に怒るのは良くないと脳科学の視点で語られていました。つまりそこに相手への愛情がって怒っている場合は後々功を奏するのだと思います。
後は脳内物質の問題も大きいそうですよ!人間の脳はドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、あと何かあったかもしれませんがこのバランスによってコントロールされているようです。ですのでいつもドーパミンが出やすいように生活している人は、その習慣から多少のことでは怒りにならない、どちらかというと楽しむほうに常に意識がいっている、人とは仲良したりお互い心地よく過ごすのが基本だし、愛情表現も豊かで欲望に正直だったり、いつも面白いことを披露して周囲を楽しませたり・・・
また日本人特有の謙遜の美とか、目上を立てなければならない、建て前と本音とかが影響しているとも考えられます。アサーションというのをみなさんご存知だと思いますが、自分もOK,相手もOKという合意形成をスマートに出来ないから、それが自分は良かれと思って我慢していても、その感情は脳の中に堆積されていき、思わぬときにいらぬ方までに爆発してしまうのではないでしょうか>>>
つまりこのコントロールというのは脳の使い方、言葉の使い方の習得次第といえるのではないでしょうか。丁寧な言葉で礼儀を大切にしておおらかな心と笑顔で意志をはっきりと伝えれば大抵の人は一度は聞いてくれるのではないでしょうか・・・?日本人の会話力は非常に低いと思います。
もっとKYとかそういうことではなくて、恐れないで意見を言い合える環境が整えばいろんなことが解決していくのではないでしょうか。それにはコンセンサスが必要です。私はそれはイコール民度だと考えています。言うほうが立派になっても、聞く耳を持てない人ばかりでは何もならない。アナウンスとそれを受け止める受信機、その双方の精度を上げ安心して若者が能力を伸ばしていけるような言語体系が家族でも教育現場でも会社でも必要なのではと思います。島国根性、辺境人の宿命などとも言われますが日本人が変われるか問われていると思います。
皆様、どうでしょうか?
怒りそうになったときに、我慢して、心が静かになるまで、数を数えたり、
楽しい経験を、ノートに書いたり、本気でイカることを禁じる。
本当に参考になることがたくさんあり、ためになりました。
ありがとうございました。
私は逆にガツーンと言える杉本さんが羨ましいです。
私はシャイでこんな事をいったら相手を傷つけてしまうと思うと、ムカついた事も、思うように相手に言う事ができません。
だからストレス溜め込んで、イライラしてしまう。なんで言い返せないのか、自分がはがゆくなります。
でも、海外はピストルとか持ってる場合もあるので、気をつけてくださいね。
強盗とケンカというから何事かと思いました。
怒りが抑えられない、という人がたまにいますが、
まずコントロールできるという認識が大切ですね。
私の場合は悲しみが抑えられない、ということがありました。
大声を出そうとすると涙が出てくるというもので、
昔、怒鳴っていた父親を思い起こしてしまうからでした。
克服にはかなり時間がかかりましたが、
今では大きな声で話すこともできるようになりました。
人通りが途切れた瞬間に、荷物を奪われたとか、金銭全部盗られたとか、命を奪われたとか・・・
そんなことにならなくてラッキーだったのではないでしょうか。
本当にそうですね・・・。
おはようございます。久しぶりの記入です。
杉本さんが喧嘩好きなんて、拝見する限りでは想像もできません。
ですが、お気持ちよく分かります。
実は私も、自分が怒(いか)ると自分自身が怖くなるほどです。
だから、自分に対して、少しの怒りなら許していますが、本気でイカることを禁じています。
相手も、そして自分も不幸にしてしまうからです。
「本気の怒り」が相手を不幸にするように、
「本気の喜び」は相手を幸せに、そして、自分も幸せにします。
『感情のコントロール』(状態管理)は、日々の訓練で獲得することができる技です。
練習すればするほど上達する自分に気がつくと、楽しくなります。
最近は、それが日課になっています。
p.s.
我が子を守る時は、この「怒り」の感情を使います。
爆発的なエネルギーに、たいてい相手(人や出来事)がひるみます。
ですが、1年に一度くらいしか使いませんね。そのくらいの割合で対象物を決めなければ、リスクが大きいですから。